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抽象名詞について

言語表現には,万人に共通する対象のあり方がそのまま表現されているわけでは なく,対象のあり方が話者の認識を通して表現されている.このことは国語学者 $\cdot $時枝誠記によって提唱された言語過程説(時枝 1941,1950)として知られ ている.言語過程説によれば,言語表現は主体的表現(辞)と客体的表現(詞)に分 けられ,文は辞が詞を重層的に包み込んだ入れ子型構造で表される.

日本語の名詞は,個別的な実体をある種類に属するものとして普遍的に把握し, その種類の持つ特殊性に応じてそれぞれ異なった名称を与えたもので,客体的表 現である.さらに,名詞は人間の認識と同様に,具体的な方向にも抽象的な方向 にも発展する.例えば,食用にする水の中の諸動物を,種類として「魚」と呼ぶ ならば,これは「虫」や「鳥」に対してその特殊性を捉えて区別したものであり, さらに「魚」の中から特殊性を区別してとらえて「鮒」や「鮪」等のさまざまな 名称が与えられる.これは抽象から具体への認識の発展である.反対に,「生物」 と「無生物」から「物」という名称が与えられ, さらには観念的な存在も合わせ て仮名書きにした「もの」という概念が成立する. これは具体から抽象への認 識の発展である.また,行動を固定してとらえ,実体化した把握を表現する名詞と して「働き」,「眠り」などが生まれ,これらを合わせて抽象的な「こと」という 概念が成立する.これらの具体から抽象への認識の発展において,もっとも抽象 的な名詞を抽象名詞と呼ぶ.

抽象名詞は,本研究で対象としている「の」「こと」「もの」「ところ」「わけ」 「とき」の他にも,「あいだ」「ばかり」「ほど」等がある.これら抽象名詞 の中でも「の」は用法と意味から国語学者によってさまざまな解釈がされている が,本研究では(宮崎ほか 1995)に従って定義する.「の」の定義における学校 文法との相違点を以下に示す.



Noboru KURUMAI
2001-03-20