Next: 評価実験
Up: 抽象名詞で形成される表現の意味的類型化と翻訳規則
Previous: 交替現象の解析規則
翻訳規則の構築
本研究では抽象名詞を意味的文法的用法から「語彙的意味をもつもの」と「文法
的意味をもつもの」に分類し,さらに「文法的意味をもつもの」を「補助動詞的
用法」と「非補助動詞的用法」に分類する(図9参照).
Figure 9:
抽象名詞の分類
|
語彙的意味をもつ抽象名詞とは例文14のような場合である.この場合,抽象名詞
は語彙的な意味を持ち,英語表現においては名詞として現れる場合が多い(例文
14ではplace として現れている).一方,文法的意味をもつ抽象名詞とは例文15
のような場合で,抽象名詞は語彙的な意味が薄れ,接続助詞や助動詞の一部とし
て文法的な意味を有する機能語として使用される.
- 例文14
- 分からないところは兄が教えてくれました.
My elder brother explained to me the places I didn't
understand.
- 例文15
- 私はその話はいくらか聞いたことがある.
I have heard something about that subject.
この2つの用法の違いは「文法化(grammaticalization)」として説明することが
できる(Hopper and Traugott 1993).文法化とは,一般に語彙的意味を持つ内容
語が機能語へ変化していくプロセスのことである.第5章で述べた
ように,抽象名詞は名詞の中で具体から抽象への認識の発展によって定義される.
しかし,文法化を考えると,客体的表現である抽象名詞の中には「認識」という
過程を脱却し,語彙的な意味を失ったものも存在することが分かる.
次に,文法的意味をもつ抽象名詞を「補助動詞的用法」と「非補助動詞的用法」
に分類する.前者は上記の例文15のような場合で,機能動詞を伴って文末表現と
して使用されることが多い.後者は例文16のような場合で,主に接続表現として
使用される.
- 例文16
- 電話をするときは電話番号をよく確かめてから,
かけなさい.
When your are telephoning, make sure of the number before
phoning.
以上の3種の分類を機械的に判断する規則については,以下のそれぞれの抽象名詞
の翻訳規則の中で説明する.
- 「こと」の翻訳規則
「こと」は係っている語によって,「語彙的意味をもつもの」と「文法的意味を
もつもの」に分類する.具体的には,係っている語が節を成していないか,一語
だけであるとき,「語彙的意味をもつもの」とし,それ以外を「文法的意味をも
つもの」とする.
語彙的意味をもつ「こと」の翻訳規則を表13に示す.
Table 1:
語彙的意味を持つ「こと」の翻訳規則
表現形式 |
意味 |
英語表現 |
名詞+の+コト |
内容 |
about+名詞 |
|
− |
名詞のみの訳語 |
連体詞 |
あの,あんな |
指示 |
that |
+コト |
この,こんな |
|
this |
|
どんな |
|
what |
形容詞+コト |
− |
形容詞の
訳語 |
形容動詞+コト |
− |
形容動
詞+matter |
動詞+コト |
動作 |
to 動詞,
動詞+ing |
ここで,表中の「名詞+の+こと」について説明する.
- 例文17
- 私は彼のことを知らない.
I don't know about him.
- 例文18
- 彼女は彼のことが嫌いだ.
She does not like him.
上記の例文はいずれも「彼のこと」という形式が含まれている.例文17は「彼」
についての属性(年齢や職業などの「彼」にまつわる事柄)を表し,英語表現では''
about him''として現れている.これに対し,例文18では「彼」そのものを示し
ており,英語表現では''him''として現れている.そこで,翻訳規則として「彼
のこと」が「内容」として使用されている場合には''about+名詞''を訳語とし,
それ以外の場合は''名詞''を訳語とする.
次に,「こと」を機能動詞を伴って現れる場合を「補助動詞的用法」とし,それ
以外を「非補助動詞的用法」とする.それぞれの翻訳規則を表14,表
15に示す.
Table 2:
「こと」の補助動詞的用法における翻訳規則
表記 |
意味 |
英語表現 |
ことになる |
予定 |
will |
|
事象の成立 |
decide |
ことができる |
可能 |
can(be able to) |
ことにする |
したことにする |
偽りの事象 |
assume |
|
することにする |
決定 |
decide to |
ことが多い |
短期間の反復 |
frequently |
|
傾向 |
tend to |
|
通例 |
usually |
|
頻度 |
often |
ことがある |
したことがある |
過去の経験 |
have been |
|
|
過去の習慣 |
used to |
|
することがある |
可能性 |
there are times |
|
|
頻度 |
sometimes |
|
|
頻度 |
frequently |
|
|
|
(「よく」等の修飾を伴う) |
|
したいことがある |
要求の存在 |
there is one thing |
|
|
要求の存在 |
have a favor |
|
|
(依頼の動詞を伴う) |
|
|
|
要求の存在 |
have something |
|
|
(内容が不明瞭) |
|
Table 3:
「こと」の非補助動詞的用法における翻訳規則
表記 |
英語表現 |
X+コト+ |
主格無し |
V to X |
格助詞+動詞 |
主格有り |
V that X |
X1はX2だ |
主格有り |
It is 〜 that コト |
|
主格無し |
It is 〜 to コト |
X+コト+から |
because 〜 |
X+コト+で |
with 〜 |
- 「もの」の翻訳規則
「もの」の翻訳規則では,文中の「もの」が用言の格要素として用いられ,且つ
表14に登録されている表現以外の場合を「語彙的意味をもつもの」と
し,それ以外を「文法的意味をもつもの」とする.語彙的意味をもつものについ
ては文中での意味から訳語を決定する.本研究では人手で判断した. この分類方
法は,以下の「ところ」「とき」「わけ」も同様である. 語彙的意味をもつ
「もの」の翻訳規則を表13に,補助動詞的用法の「もの」の翻訳規則
を表14に,非補助動詞的用法の「もの」の翻訳規則を表15に,
示す.
Table 4:
語彙的意味を持つ「もの」の翻訳規則
意味 |
英語表現 |
|
有形の物 |
thing |
|
品物 |
article |
|
物質 |
goods |
|
材料 |
material |
|
資源 |
resource |
|
所有物 |
possession |
|
物事 |
thing,matter |
|
道理 |
reason |
|
者 |
person |
|
Table 5:
「もの」の補助動詞的用法における翻訳規則
表現形式 |
意味 |
英語表現 |
ものだ |
当然の帰結 |
|
ものとする |
決断 |
なし |
ものである |
断定 |
|
もの. |
− |
it be -ed |
ようなものだ(主語が人) |
[0pt][0pt]比喩 |
should |
ようなものだ(主語が人以外) |
|
like |
Table 6:
「もの」の非補助動詞的用法における翻訳規則
表現形式 |
意味 |
英語表現 |
[0pt][0pt]もので |
利用 |
by -ing |
|
前述 |
- |
ものと |
− |
that |
ものの |
逆接 |
thought,but |
- 「ところ」の翻訳規則
「ところ」の翻訳規則を表7表9に示す.
Table 7:
語彙的意味を持つ「ところ」の翻訳規則
意味 |
英語表現 |
場所 |
place |
住所 |
place |
個所 |
passage |
点 |
point |
特徴 |
feature |
時 |
time |
事 |
thing |
Table 8:
「ところ」の補助動詞的用法における翻訳規則
表現形式 |
意味 |
英語表現 |
するところだ |
動作の直前 |
be about to |
したところだ |
動作の直後 |
have just -ed |
しているところだ |
動作の進行 |
just |
したいところだ |
動作の希望 |
- |
しようとするところだ |
動作の寸前 |
just be about to |
Table 9:
「ところ」の非補助動詞的用法における翻訳規則
表現形式 |
意味 |
英語表現 |
ところ, |
- |
なし |
するところに |
- |
just as |
しているところを |
- |
in act of -ing |
しているところに |
- |
when |
- 「わけ」の翻訳規則
「わけ」の翻訳規則を表13表15に示す.
Table 10:
語彙的意味を持つ「わけ」の翻訳規則
意味 |
英語表現 |
理由 |
reason |
Table 11:
「わけ」の補助動詞的用法における翻訳規則
表現形式 |
意味 |
英語表現 |
わけだ |
当然 |
so , (it is) no wonder |
わけがない |
主観的不可能 |
can not possibly |
わけではない |
否定の強調 |
not |
するわけにはいかない |
感情の否定 |
can not, not possible to |
しないわけにはいかない |
義務 |
can not stand by without -ing |
|
|
can not avoid -ing |
|
|
(否定の動詞が存在する場合は''can not'') |
というわけだ |
帰結 |
- |
わけはない |
当然の否定 |
certainly |
Table 12:
「わけ」の非補助動詞的用法における翻訳規則
表現形式 |
意味 |
英語表現 |
わけで |
背景 |
and |
|
論拠 |
because |
わけなので |
論拠 |
because |
- 「とき」の翻訳規則
「とき」の翻訳規則を表13表15に示す.
Table 13:
語彙的意味を持つ「とき」の翻訳規則
表現形式 |
意味 |
英語表現 |
連体詞 |
あのとき |
- |
then |
|
このとき |
- |
(at) this point in time |
|
そのとき |
- |
(at) that moment |
Table 14:
「とき」の補助動詞的用法における翻訳規則
表現形式 |
意味 |
英語表現 |
ときがある |
時々 |
sometimes |
Table 15:
「とき」の非補助動詞的用法における翻訳規則
表現形式 |
意味 |
英語表現 |
動作動詞+するとき |
|
when |
形容詞+とき |
|
when |
状態動詞+ているとき |
|
while |
Next: 評価実験
Up: 抽象名詞で形成される表現の意味的類型化と翻訳規則
Previous: 交替現象の解析規則
Noboru KURUMAI
2001-03-20