時枝文法では,具体と抽象のさまざまな認識が立体的な構造をとって存在 し入子型構造であるとしている[3].例えば,「生物」と「無生 物」から「物」という名称が与えられ,さらには観念的な存在も合わせて 仮名書きにした「もの」という概念が成立する.これは具体から抽象への 認識の発展である.また,行動を固定してとらえ,実体化した把握を表現 する名詞として「働き」,「眠り」などが生まれ,これらを合わせて抽象的 な「こと」という概念が成立する. これら「もの」,「こと」を抽象名詞と呼ぶ.
抽象名詞は日本語のコミュニケーションにおいて,話者の意思を伝達した り,表現の意図やニュアンスを微妙に変化させる重要な機能を果たしてい る.それゆえに,抽象名詞の文中での意味的役割を明確にすることは自然 言語処理において重要である.
ここで,抽象名詞「もの」と「こと」の出現頻度を調べた.
結果を表 1 に示す.結果より「もの」を含む文は小説では4.56%,新 聞では1.63%であった.「こと」を含む文は小説では 10.1% ,新聞では 5.22% であった.
この結果から,「こと」が「もの」に比べて使用頻度の高いことがわかる. そこで,本研究では「こと」を研究対象とする. 以後,抽象名詞「こと」を「コト」と表記する.