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「うっすら」「ぼんやり」

(正解例1)
十九日朝、富士山山頂の火口付近がうっすら雪化粧し、初雪が観測された。
(正解例2)
輪郭は情けないくらいぼんやりしている。
(誤り例1)
「近畿の水がめ」の湖面には柔らかにかすみがかかり、神が宿るという竹生島が、うっすら(ぼんやり)と見えた。
(誤り例2)
島北部の丘陵にある韓国軍哨所に立つと、北朝鮮の山並みがぼんやり(うっすら)と見渡せる。

5.31に類義語の組「うっすら」「ぼんやり」の機械学習の分類結果を示す. 表5.32に類義語の組「うっすら」「ぼんやり」の有意差検定に基づいた機械学習が参考にした素性を示す. 表5.33に類義語の組「うっすら」「ぼんやり」の正規化α値に基づいた機械学習が参考にした素性を示す.




表 5.31: 「うっすら」「ぼんやり」の分類結果
  データ数 再現率 適合率 F値
うっすら 397 0.83 0.83 0.83
ぼんやり 397 0.83 0.83 0.83
総数 794 0.83 0.83 0.83




表 5.32: 機械学習が参考にした素性(有意差検定:「うっすら」「ぼんやり」)
うっすら ぼんやり        
素性 頻度(p値) 素性  頻度(p値)      
素性2:と(直後) 277 素性2:し(直後)  100      
  ( $ 4.52\times10^{-9}$ )    ( $ 1.03\times10^{-27}$ )      
素性1:涙 68 素性2:て(2単語後)  99      
  ( $ 2.31\times10^{-16}$ )    ( $ 1.20\times10^{-20}$ )      
素性31:浮かべる 47 素性2:いる(3単語後)  39      
  ( $ 7.11\times10^{-15}$ )    ( $ 3.72\times10^{-17}$ )      
素性1:雪化粧 40 素性31:眺める  25      
  ( $ 9.09\times10^{-13}$ )    ( $ 2.98\times10^{-8}$ )      
素性31:にじむ 11 素性31:見る  24      
  ( $ 3.17\times10^{-3}$ )    ( $ 5.96\times10^{-8}$ )      




表 5.33: 機械学習が参考にした素性(正規化α値:「うっすら」「ぼんやり」)
うっすら ぼんやり
素性 正規化 $ \alpha $ 素性 正規化 $ \alpha $
素性31:見える 0.66 素性1:頭 0.66
素性1:色 0.63 素性1:輪郭 0.62
素性31:光る 0.62 素性1:夢 0.59
素性1:白 0.60 素性31:抱く 0.59
素性1:霧 0.60 素性31:かすむ 0.58

「うっすら」は「うっすらと涙を浮かべる」という表現が多かった.修飾先は「浮かべる」の他に「見える」「光る」「にじむ」などであった.また「雪化粧」「色」「白」など色を表す時に「うっすら」が使われることが多かった.「ぼんやり」は「ぼんやりしている」という表現や「頭がぼんやりする」や「輪郭」がぼんやりしているのような使われ方が多い.「ぼんやり」の修飾先としては「眺める」「抱く」「かすむ」などが多かった.「うっすら」は修飾先が「見える」が多かったことに対し,「ぼんやり」は修飾先が「見る」が多かったことから「うっすら」が「ぼんやり」よりも見える状態であることを表していることがわかった.

また,文献[6]によると以下のように書かれている.

「うっすら」も「ぼんやり」も,ともに物が鮮明に見えない状態を表します.でも,その見え方に違いがあります. 「うっすら」は,わずかですが,物の輪郭などが見える状態です.たとえば,「西空にうっすらと三日月が,はりついていた」(海野十三『海底都市』)のように使います.薄くかすかではありますが,三日月がでています.「薄い」の語と関係があることから,「覚えている」「見える」「感じる」など知覚のわずかである場合に使います.でも,かすかでも姿や像は見えているのです.同じく「薄い」から生まれた「うすら」「うすら笑い」「うすら寒い」などの形で使われますが,かすかという意味ですね. 一方,「ぼんやり」は,輪郭自体もはっきりしない場合です.「雪が止むと,雲の間から薄明かりが漏れた.ぼんやりと地形を見ることができた」(新田次郎『八甲田山死の彷徨』)のように使います.暗くて物の形や輪郭がはっきりせずにかすんでいるのです.像を明確に結ばない事から,「思考力もなにも失ってしまって,ただもう,ボンヤリしていた」(江戸川乱歩『人間椅子』)のように,意識が十分に働かず,集中できてない様子を表します.さらに,そういう人は,気が利かない.だから「昼行灯と渾名されているほどのぼんやり者」(朝松健『元禄霊異伝』)のように,気が利かないという性質を表します.「ぼんやり」見えたのより,「うっすら」見えた方が頼りになります.

文献[6]と素性分析の結果を比較し同じ結果となったことを以下に示す.「うっすら」は「うっすらと見える」など知覚がわずかである場合に使い,「ぼんやり」は「頭がぼんやりする」のように意識が十分に働かず,集中できてない様子を表しますことが同じであった.

文献に載っておらず,素性分析から新たにわかったことを以下に示す.「うっすら」は直後に「と」が多く,「雪化粧」や「霧」を表す時に使い,修飾先には「浮かべる」「見える」「光る」などが多いことがわかった.また,「ぼんやり」は修飾先としては「眺める」「抱く」「かすむ」などが多いことが新たにわかった.

文献に載っているが素性分析からは得られなかったことを以下に示す.「覚えている」「感じる」は「うっすら」の素性分析からはわからなかった.


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root 2018-02-28