メカいぢり日記

“ゆぅ”はこうして今日も無駄な時間を費やすのであった
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1998.8.31(月)

 連日続いているエラーチェックは第1領域については或る程度終了。不良エリアは2GB中300MB近くに及ぶ。しかしチェックするたびに出し惜しみしているかのごとくちょっぴりずつ増えていく。よほど大事でないデータ以外は置きたくないものだ。(そんなのあるのか?)

Windows用PC88エミュレータのために、ROMを吸い出す作業をする。しかしその吸い出しプログラムを動かす段階から苦労する。5inchFDDのあるAT機は無く、エミュレータ付属の作成プログラムでは3.5inchにもなぜかアンフォーマット状態になりどうしても書けない。書き込むバイナリデータがあったので結局ファイルコンバートして98互換機上で、直接書き込むプログラムを作って書いてしまう。ブートセクタだけなので何とか完成し、無事にPC-8801MAのROMイメージを5inch2Dのフロッピーに吸い出せた。しかし問題は書き戻す方法。特殊フォーマット(1KB×5/trackおまけに2D)なので通常アクセスは無理。コピーツールが外付FDDを2DD/2HD両用タイプと認識してくれない。自作もかなり手間がかかる。むうぅぅぅぅ。とりあえず今日は仕事があるのでやめっ。


1998.8.30(日)

 久々に研究室行ったら停電だった。あまりの間の悪さに我ながら感心する。特に大事なデータがあったわけではないが(おいおい)、前日まで何も知らされなかったみたいだし、なかなか復旧しない。困るなぁ(何がだ)

 やっとHDDエラーチェック1/3終了。しかし再度かけてみるとまたエラーで進まない。考えるに、最近のHDDは64KBなり128KBなりのバッファを持ち先読みするため、正常な部分を読もうとすると異常部分ままで読んでしまうのではないか? でもその処理をするには直接SCSIコマンド発行しないと不可能で、そのようなツールはとうの昔にフリーソフトの山に埋もれてしまった。なにかいい方法はないかな……。


1998.8.25(火)

 最近CPU情勢がわからなくなりつつある。L2Cache128KB版のペンタII(NewCeleron)が出る? またクロックアップ前提ものらしいけど、ヘタすればCeleronユーザの恨みを買うことになりかねない。速度設定も倍率固定となり、クロックアップのリスクが非常に大きいものになる。従来のペンタIIにも仕様変更があるようで、最新以外のマザーボードはすぐ不幸になることも多いとか。いくら速度命の業界とはいえ、こうもポンポン鶏卵のように初モノ産まれても嫌くさい。某I社は自分で首を絞めているとしか思えない。


1998.8.24(月)

 昨日が研究室の停電予定日だった。でも無かったみたい。よかった……のはいいけど、やるべき点検工事もやってないとかってのはちょっと困るかも……。

 エラーチェック中のHDDは全く進まない。Windows95をシングルタスクで走らせる素晴らしいドライブだ。しかしそのアクセス音が時計の秒針のように部屋に鳴り響き、作業をしていると怪しい術でもかけられたように眠くなってくる。そこまで邪魔をするかあぁぁ。

 それにしても、家からプロバイダ経由でIN接続すると、特に鳥大が重い。回線距離が遠く、反応速度は何と2.8秒もあった。他も結構重いようで、28800bpsモデムの限界にも滅多に届かない。期間残ってるけどプロバイダ変えようかしら……。


1998.8.23(日)

 入れ直し後FreeBSD環境構築も峠を越す。カーネル再構築(約10時間!)も終わりいちおうの実用速度が得られた。CD-ROMドライブ(怪しい2倍速)も接続し、FTPサーバも起動。X-Window上でfvwm95も動くが、実用には程遠いので普段は起動していない。それでも何となく遅さが残るのは、BSDのほとんどが遅いメモリに乗ってるせいだろう。高速なCPUでは補いきれなかったようだ。それでもぼちぼち設定を進める予定。いっぽうee(エディタ)の手軽さにちょっと浮気中。

 BSDマシンは独立専用なので邪魔くさくないので良いが、もう1台作業マシンを用意。研究室で使っていたノートパソ(当初はPC9801VMを当てる予定だった(汗))と、以前重傷HDD(詳細は7月30日分参照)を接続してエラーチェックを開始。ノートパソはこういう時準備が楽でよい。開始後間もなくエラー検出の泥沼にハマり、12時間以上経っても全く進展がない。8月中には終わらないだろうなあ、きっと。 circus screen

 エミュレータの方は、「CIRCUS」にハマり中。シーソーを利用し風船を割る単純なもので、PC9801時代に勝手にFSW移植されたものもあった。しかしなぜか動作が速すぎる。基板構成は処理落ちが発生していたのだろうか?普通程度に遅くする方法を発見し、19360点出すが、当時のレベルと較べてハイスコアなのかどうかわからない。それに速いマシンではどうしよう……。


1998.8.20(水)

 BSD導入。とにかく時間がかかった。さっさとカーネル再構築して高速マシンに変身させてしまいたいところだが、カーネルのソースが無い。なぜならCD-ROMドライブがないから。FTPしようにもサーバが入ってない。入れるにはパッケージがいる。そのためにはCDROMが欲しい……ほとんど悪循環。明日借りればいいものを何とかしようといじって、rootのパスワードを失ってしまう。シングルモードで復旧努力するより入れ直した方が楽な模様。ひぃ……。

 最初はどうしたかって? 時間かけてクロス転送しました。果てしなく時間を食いつぶしてくれました。もうやりたくない。


1998.8.19(水)

 本格LANサーバ構築計画発動して数日。未だにBSDさえ入っていない。メディアの壁(2台のマシン経由あるいはクロス転送)と腐ったSCSIカード(標準的なコントローラWD33C93の替わりにあのV30が載ってる!)に遮られ悪戦苦闘した結果。お勉強の時間が取れるのはいいんだけど、有意義な活動とは言い難い。

 その間にまたエミュレータものにハマっていたが、懐かしいものの中に「BATTLE OF ATLANTIS」というスクランブルクローンを発見。いろいろ手を加えて別なゲームに見せかけているが、ゲームシステムや効果音から露骨に改造ものと判る。まあこれはこれで別のゲームという見方もできるけど、狭所で判定を無視し地面を突き抜け攻撃してくる敵に四苦八苦。うーん、当時は確かコピーと同じくらいこういう「まがいもの」に業界が悩まされていたんだよなあ。しかしそれがまさかこの時代になってWindows上で動くなんて想像だにしなかった。


1998.8.15(土)

 アーケードゲームのエミュレータにハマってしまう。中でも「スクランブル」が懐かしすぎる。よくアニメで「ピコピコ、キューン」という効果音で子供が遊んでいるTVゲームによくあるタイプ。当時普及してたとも思えないけど。小さい頃大丸屋上で遊び、また「ぴゅう太」移植版を遊び尽くしたものだ。一応解説しておくと、グラディウスの前身といわれるゲームで、ゲームシステムや敵の動きなど随所に原型が感じられる。何とか一周したけど、こんなに難しかったかしら? ノンストップで一周駆け抜けるのも結構しんどい。「(c)STERN 1981」となってるけど、コナミの前身だったっけか。(追記:そうです)

 他にも懐かしいものが。「マーブルマッドネス」(球転がし)は懐かしいけど、かなり思い出が美化されていたようで、操作性の悪さにげんなり。やはりトラックボール必須。実はPC9801移植版はよく出来てたんだなぁと改めて感心。「フロッガー」(蛙が道路や川を渡るアレ)はセガ製とは知らなかったけど、BGMに「ラスカル」「花の子ルンルン」「忍者ハットリくん」はじめ様々な曲が次々と流れるのは、ヤバくないのかしら。まさか例の騒動のように「よく聴けば違う」とか「こんな野蛮なPSGサウンドと一緒にするな」とか、のたまうつもりかな。当時のゲームはまだ大人に認められておらず、コピーや盗作など無法地帯だったというけれど、それにしても……。


1998.8.14(金)

 HDDの整理をしていたら、以前レンタルし吸い出したWAVデータが大量に見つかる。アルバム3枚分あり、とりあえず焼いて逃がす。おかげでフリーエリアは3.3GBと半分以上を達成する。しかしその後のCD整理でそれらのCDRが見つかり、2枚重複してしまう。仕方がないのでリスニング用にでもしよう。

 旧98いぢり第2弾。先週買っていた98用メモリを装着。最初「PARITY ERROR - BASE MEMORY」という御臨終を知らせるメッセージを出し青ざめるが、差し直したりするうちに直った。古い装置なので少しずつ端子面の接触が悪くなるのだろう。結局メモリは全部無事。6.5MBマシンが2台出来上がってしまう。

 サーバマシン候補が2台あるが、どちらにするか迷ってしまう。ベースクロックは同じで、世代はずいぶん離れているが基本性能は同じ。RXは最大速度48MHzに達するがメモリは上記の6MB(実践する時はさらに+6MB)。FXは24MHz止まりでコプロも無いが、5MB内部増設済という強味があり、フル増設では14MBを突破できる。まったくしょうもないことで悩んでしまう。うーむ。

 それにしてもFXセットは結構良かったかも。現役で上等なNECマウスもいただいたし、15インチディスプレイは24kHz用としては非常に映りがいい。FXは改造で12MHz→20MHz化を果たせるが、「ざべ」のバックナンバーを調べたところ、オシレータ交換はともかくとして、チップ抵抗を多数いじる必要があるとのこと。いずれ挑戦したいが、今は面倒くさい。


1998.8.13(木)
DJ-1 photo

デジカメ購入。キタムラのパナ製は完全に現品のみ、キットの在庫さえ無いということで断念。どーりで安いわけだ。迷った末、三菱製(詳細はこちら)を購入。帰宅後試してみて納得。本体は圧縮も行わず、素直にコンパクトフラッシュメモリに書き込む単純構造。だから小さく薄く軽くできるわけだ。画質も良くない。いちいちメモリカードをアダプタに入れ、PCカードスロットに挿入する手間が面倒くさい。シリアルケーブル式がマシに見えてくる。付属ソフトはもっと使いづらく、1枚ずつBMPに変換する必要があるらしく、非常にわずらわしい。悪画質をソフトで補うわけでもない。高解像度で取り込む機能があるが、画素数を大きく上回りサイズは中途半端。いったい何なんだろう?まあ、無いよりはマシなはずなので、画像取り込みに役立ってもらうとしよう。実際の画像は随時このホームページに取り込んでいくので、乞うご期待。


1998.8.12(Wed)

ファイルの整理に取りかかる。メインマシンのHDD(6.4GB)の中は、先日死んだドライブのデータを逃がして以来、使用率9割以上の状態が続き、展開作業に支障が出ていた。まとまったファイルをサードマシンに逃がし、CDRに焼きこむ作業を続ける。しかし入ってくるデータも少なからずあり、結局確保できたフリーエリアは1.8GBに留まる。これ以上は本気(マジ)で整理しないと空かない。ひぃ……。

Celeron+i740環境の解決法を聞く。B21ピンをマスクかパターンカットで遮断する必要があるという。個人的に新しい環境を傷モノにするのは趣味でないので、人の物とかどうとかいう以前に不安になる。詳しい話を聞く限り、i740チップ系は買ってはいけなかったものらしい。知らなかったとはいえ、なんてこった……。

最近、ホームページの更新間隔が開きがちになってしまった。というのも、更新する時間帯(23〜24時)FTP転送が遅くイライラしてしまうため、億劫になったという事が大きい。やっぱりプロバイダ変えた方がいいのかしら……。


1998.8.11(Tue)

ある後輩から、まともに通信できないというモデムカードを借りた。PCIタイプ以外は普通のものと変わらない。サブマシンに装着しWin98でインストール。ダイヤルアップ設定も普通通り。いざダイヤルすると、パルス(プツプツ音)で2桁分くらいダイヤルしたところでトーンダイヤル(ピポパ音)がいきなり始まり、後はモデムが「プープー」と言って止まる。メーカのホームページには「パルスダイヤルに問題あり」とあったけど、どちらでも同じ結果。ファームに問題がありそうだが、まだ最新版公開もない。こんなひどいモデムはじめて見た……。

あの組立からはや2日。一部のマシンに影響が出始めているらしい。Celeron+i740のマシンはゴミ問題が続いている。CPUは450MHzに耐えるが表示のゴミがひどく、解消するには300MHz前後まで下げなければならない。AGPを非同期にすると、画面が真っ白で表示もできないらしい。これではもはやCeleronの価値がない。もう一人は、Windows98の起動が不安定で5回に4回は失敗するという。こういうトラブルは原因が特定しにくいから苦手。


1998.8.10

8日の大阪ツアーは名の通り「死の陣」の様相を呈し、サークル発足以来かつてない買い物規模となる。無事終了したのが奇跡に思える。人数は往路9復路8、購入ディスプレイ(飯山電気A701G)6台、購入本体ケース6台を普通車3台1往復のみでこなすという暴挙。組立の方は昨日一応全部終わらせたが、連日の重労働となり非常に大変な目に遭った。大雨中の運転や蒸し風呂中での組立作業が駄目押しとなった。以下は、この3日の断片的な記憶をたどりつつ回想したもの。決して1日でこなせる量ではない。

今回野郎共が組み立てたマシンは大まかに以下の通り。K6-II/300MHz5人、Celeron400MHz(元266MHz)一人。メモリは64MBまたは128MB。HDDは6.4〜8GB。他の部品は各自バラバラといった感じ。自分は3人を担当。結局起こったトラブルで今判っているのは、HDD(IBM製6.4GB)の不良セクタ(計1.2MBもあったけど、やっぱり正常扱いなのかしら)と、I-O DATAのビデオカード(AGP/i740チップ)で、スクロールにゴミが出る問題(最新ドライバを以降試すつもり)のみ。あれだけの組立でたったこれだけのトラブルしか起こらないなんて、かなり強運だったと思う。

組立といえば、研究室の方でも高級マシンを6台くらい近々組み立てることになるらしい。幸い昨日同じマザーボードを鳥取で買った物好きがいるので、彼の話を参考にすればスムーズに組み立てられるはず。

それにしても今回は、特価品は少ないわメモリ価格は高騰してるわで買い物がしづらい状況だった。円安の影響が大きく響いている。たいてい買い物すると決め込んだ時には不利な方へ働く。困ったもんだ。

さて自分の買い物はというと、ディスプレイ1台(上記と同じもの)、メモリ(旧98用:計8MB)、ケーブルといったところ。ディスプレイは今日やっと開封。今までのボロクソディスプレイよりは確かに良好だけど、値段相応って感じ。ダイヤモンドトロンにしてはボケてる気もするが、普通に使うには十分なので良しということで。不良でなかっただけでもましかも。設置スペースも旧15inchとほぼ同じで事なきを得る。

メモリは、旧PC9801を実用マシンに仕立てるのに不可欠なもの。486相当の機能(一応速度も……)を持ったマシンが一気に3台も増えたので、どれかをサーバマシン使用に仕立てようという魂胆。6MBタイプを1枚、2MB拡張用(既に持っている4MBタイプの増設用)が1枚。組み合わせれば、+12MBという旧マシン限界近くの増設が実現する。残念ながらまだそちらまで手が回らず、開封もしていない。

新ディスプレイ納入を機に、また時間が取れたので、メインマシンとセカンドマシンの間で部品の入れ替えを行う。少し前トラブルを起こしたSCSI HDDを取り外す。EDOメモリを移し替え、メインマシンを96MB→128MB、セカンドマシンは64MB→32MBとなる。しかし実装量での速度変化はほとんどない。サウンドボード(SoundBlaster16PnP)を入れ替えることで、メインマシンに改造済みの音の良い方を使用。フロッピードライブを交換し、メインマシン側をMITSUMI製2ドライブ、セカンドマシンをTEAC製に。メインマシン2ドライブ、片方のみ3モードのはずなのに同じ型番が彫ってある。両方3モードかどうか試してみなければ。

昨日、組立てたうちの一人S氏からもらった、98とワープロを運び込む。PC-9821Ceはディスプレイだけ引き取る。SVGAは望めないが小型で旧型コネクタ装備なので、旧マシンとの組み合わせに便利そう。PC9801FXはどうやら486(Viper)実装済み、メモリ約5MB(+4MB、SIMMっぽいスロットがたくさんある)と便利そう。この世代のキーボード(シャカシャカタイプ・15ファンクション)を初めて入手したことになる。当然サーバマシン候補に挙げられる。

メインマシンから問題の6.4GB SCSI HDDを取り外し、外付けケースに納める。入れていた40MB HDDは本格的に用途を失いつつあるので休眠してもらうことにした。ファンの無い小型ケースに発熱量の多いHDDを入れるのは抵抗があったが、何とか自然放熱で間に合っているらしい(ケース全体が相当熱くなる)。少しの望みに託して様々な方法でフォーマットかけるが、やはり不良セクタが大量にあるらしい。ほとんどはSCANDISKでパスしてしまうが、アクセスが異様に遅いので偶然パスしていると思われる。不良個所を潰したくらいではやはりどうにもならないだろう。いちおう一晩チェックさせてみようか。


1998.8.04

久々に本格的なジャンクいぢりをする。286クラス機としては「PC9801VM21」(V30/10MHz)2台、「PC9801VX21」(286/10MHz)2台、「PC9801UX2」(286/10MHz)1台、「PC9801RX2」(286/12MHz)1台があり、それぞれ一長一短の状態。実際には他にもジャンクがあるが部品交換が難しいので除外。FDD交換などをやって幸せなマシンを作り上げようという計画。

一般人は「なぜこんなに溜め込むの」と言うはず。しかしこちらにも事情がある。1台のVM21は最初に所有したPC98であり、このマシンが無ければ様々な意味で現在の自分は存在し得なかったという思い出の一品である。1台のVX21は以前通っていた「夢ねっと」のホストだったマシンで、そこらのVXとはちょっとワケが違う。RX2は拾得物としては上品で、優れた基本性能と低消費電力を誇る。UX21は3.5inchFDD搭載機であり、サークルでの旧メインマシンでもある。それぞれにそれなりの理由があるのだ(汗)。

この世代のマシンはまだ汎用的な部品を数多く用いており、比較的手を出しやすい。VMに至っては、バラして部品として売った方が何倍もの金になるはず。かつての主流マシンだったこともあり、当時40万円の機械でも捨てられることが多くなってきた。入手しやすくなったおかげで、所有台数が急増してしまったわけだ。

RX2をバラすと、何とCiryx社製のCx486SLC-25MHzのCPUアクセラレータボード(メルコ社製)が入っていた。超らっきぃ!……と考えるあたり、自分が本当にJunkerなんだなと実感してしまう。簡単に解説すると、286マシンにて486相当の機能を持つCPUを、非同期25MHzで動かすというもの。当時非同期ものは速度的不利が指摘されていたが、純粋に計算させる場合は性能を発揮できるものだった。存在意義は非常に大きく、メモリさえあればFreeBSDはおろかWindows98さえ動くようになる。

しかし前から4倍速タイプのCPUアクセラレータを持っていたので、そちらと付け替えてしまう。これは同期タイプで、286マシン用としては最速。UX21に搭載していたが、10MHz×4だったのが12MHz×4になり、より速いのでためらうことなく実行。結果は上々。25MHzタイプはVX21に搭載した。

主目的のFDD交換に移る。RXのFDD1台をAT互換機に搭載するのが主目的だが、壊れたドライブの機種もあるのでやりくりする。捨てる機種の生存ドライブを残す機種に移植していくが、1台足りない。あまり使わないであろうVM21のみ1台で妥協する。肝心のRXはFDDの外し方がわからず延期。

途中迷いが生じる。どうせVM1台残すが、VXの基板を移植すれば性能が良くなる。しかしそれではVMでなくなってしまう。グラフィックボードを移植するかどうか悩むうちに時間が過ぎてしまう。結局移植せずじまい。

オプション部品が少ないのも悩み。内蔵メモリはおろか汎用メモリもない。バンクメモリなら何枚もあるがDOS環境を構築しないと真価を発揮できない。RXに純正サウンドボードがあるがどうせなら86ボードに換えたい。結局のところ、完成後の使用目的が不明確なだけ。

結局作業は完全に終わるわけではなく次回持ち越し。マシンは仮置きながらも5台積み重ねたため結構じゃまくさい。早々やらねば……。


1998.8.03

ぼうっとして何もする気が起こらないが、とりあえずMail設定関連の勉強をやった。できそうな気はするが、同時に処理を分散させる必要がないような気もしてくる。

余力は家に残した大量の作業に分けようとするが、家は何かと集中できるような環境には程遠く、結局大した作業はできなかった。


1998.8.02

データ整理開始。しかし全然はかどらない。普段からやっておかねば。


1998.8.01

不良クラスタは510ほど見つかったが、このペースではこの不毛な処理に一ヶ月はかかるので中断。来週外すつもり。


1998.7.31

メインマシンの不良セクタチェックは全然進まない。たとえWindows上で作業しても、すべてのプロセスが止まったままになるのが関の山なので、まったく何もできない状態。


1998.7.30

家のメインマシンで作業中、第2HDDがいきなりエラーを連発し始める。とりあえず中身を全部バックアップし、少しテストし、不良セクタが多発していることが判明する。一度電源を落とすと不良セクタがさらに増加。1年ちょっとの間に突然死し、新品交換されてまたこのザマ。保証はもう切れたから半分あきらめ気分。6GB以上のデータが無事だったことが不幸中の幸い。このQ社のHDD、買った時からいろいろ怪しかったからなぁ……IDEより安いとか、周辺装置を熱暴走させるほど熱を出すとか、容量の割に遅いとか。

で、不良セクタチェックを始めるが、BIOSレベルのチェックでは代替処理でハングアップし、DOSレベルでは時間がかかり終わらない。困った……。


1998.7.29

ホームページにBGMを付けたが、ローカルHDD上では素直になっていたが、サーバに置くとならないみたい。どうしよう……。

今まで動き続けていたのが不思議なWnn6体験版の期限切れがやっと訪れた。製品版にあっさり入れ替える。次にLessTifをインストール。時間は消費したがメイクも成功。やはりUnix系マシンはライブラリの鮮度に大きく左右されるらしい。


1998.7.28

GATEWAYのWindows追放計画発動。小さなHDDの500MBも消費しているのが邪魔になったため。でもバッサリできないのが悲しい性。graph:/home2を借りて作業するが、作業後削除できなくなり本気であせる。結局所どころWrite属性が付いてなかったのが理由だったけど、dosに元々無い細かな属性がどういう法則で作られたのかが不思議。dos.tar.gz(180MB)にまとまり、あとは家に転送するのみ。

PORI氏いわく、PentiumIIはベースクロック差を体感できない、と。75MHzと100MHz、ベンチマークに誤差程度の差が出るだけ。PCIクロックは変わらず、HDDはSCSIだから余計体感しにくいらしい。Socket7モノやCeleronならあからさまなんですけどね。それでも全くわからないのは、結構いい環境だからでは、と思うんですが……。

またLinux環境も大きく掃除する。オンラインマニュアルに各パッケージの説明があることを発見、それを元に不要なソフトをげしげし削除。300MBも空き、少し幸せ。

帰宅後は焼き作業。HDDの内容を逃がしたり音楽CD作ったり。各種周辺装置をフル活用。スキャナは最近スランプだったが、設定の階層深くの「モアレ除去」を外したらボケ現象が解決。焼きマシンにLANで送るが何故か再送連発、原因不明。プリンタ2台に同時に送ったりスキャナからガンガン転送したりと酷使したが、メモリ不足以外は問題ない。周辺入出力の遅さを改めて思い知る。


1998.7.25

Windows98を生協で購入。いずれは必要となるものなので\7100+税なら高いとは思わない。詳しくはこちらで。


1998.7.24

GATEWAY環境は、相変わらず容量不足が悩み。SoftwareDesign誌片手にmozillaのソースから実行ファイルを作ってみようと試みるが、/usrに展開する必要があるためいきなり壁に直面。300MB程度必要なのにあるのはたった9MB。いい加減空けないと、本当に何もできない。いろいろ付属しすぎるのも結構問題かも。


1998.7.23

窓98とNortonUtilitiesの相性がかなり悪いらしいと聞く。なんでも書き込むとドライブの内容を粉々にするとか。窓98の発売日は明後日。当日アップデートパッチがいきなり公開されるという。しかもオンラインでのみ作業可能という。土曜以降、microsoftサイトはおろかヘタをすれば外部接続そのものが過重トラフィックに悩まされかねない。とても心配。

Linuxはとりあえず順調。sendmailおよびCFを探すが、行きつけのサイトがclosedになったため探すのに少し苦労する。結局今日はまだメール設定を変更せず。


1998.7.21

graphサーバの配線変更を村上センセに申しつけられる。100Base-T環境の縮小が目的。しかし10Base-Tとの共存は確かかなり厳しいはずと思いつつ、でもきっとできるのだろうという希望のもとでとりあえず取り組む。しかし通信できない。案の定ヤバい配線になっていたらしい。graphのhttp問題も発覚し、年度末までにgraphの交換がほぼ確定。その作業をすることになるらしい……。

GATEWAYのTurboLinuxマシンで、パッケージインストーラがエラー終了してから起動できなくなる。とりあえず個別対応できそうだったが、設定ファイルを直接いぢるには知識が足りなさすぎる。ついには外部接続さえできなくなり、何も起動しなくなる。最低限のものだけDOS領域へ逃がして再フォーマット。

しかしインストーラに大きな落とし穴があり、ビデオカード自動認識後にキャンセルすると、Xウインドゥ用ドライバの組込みができなくなることが発覚。手動で探し当てる元気もなく、結局再度インストール。おかげで非常に安定した環境を構築することはできたが、実機で実験していたのでは何のためにセカンドマシンに入れているのかわからない。フルインストールは便利だが、空き領域は十数Mバイト。どうしよう……。


1998.7.19

焼き物12枚を頼まれる。データ集ばかりなので比較的楽だが、枚数が多いのでより楽をしたいと考える。結局、IDEの6倍速CDROMから4倍書込みを直接行うという暴挙に出る。PC9821の内蔵IDEの遅さをよく知っているし、CPUパワーもギリギリなので綱渡りに近い状況だったが、なんとか転送速度に追い付いているらしく、1枚も失敗せずに済む。

その時間を利用し、いくつかのガラクタの後始末をする。セカンドマシンに蓋をし、設置場所を考えるが結局メインマシンの上に落ち着く。フルタワーの上にミニタワーを積むという暴挙だが、意外と安定している。他に外付けスピーカの電源を組み立てた。CD環境もいじろうと思ったが、ここ数日エアコンからの水漏れがひどいため中止。


1998.7.18

いつの間にかGATEWAYの空き領域がたった3MBになっていることに気付く。見たこともないツールを削除して250MBほど空けた。その空間にplatexをインストールし、最低限の環境がようやく整った。村上センセは一体どんな課題を提示するつもりなのだろう。

セカンドマシンに再度TurboLinuxを入れる。フルインストール時の違いを確かめるため。スクリーンセーバがちゃんと起動してる。音が出ないがCDプレイヤが動く。ソフトの相関関係を調べないことには、原因が解決しないかもしれない。


1998.7.17

とうとうGATEWAY2000のクロックアップに着手。150MHzから166MHzへと変更。ジャンパが少々固かった。正常動作、安定動作を確認。発熱も電源ファンがそばにあり余裕で対応できているもよう。Windowsではあまり実感できないが、Linuxでは随所の動作が素早くなり、良い手応えが得られた。

プリンタの問題は結局村上先生の助けを借りて解決。やはりメジャーな環境だとこういう時に本当に助かる。


1998.7.16

昨日の続きで、セカンドマシンに今度はWindows95を入れる。今度は、FDISKでHDDをaアクセスするだけで即ハングアップ。この手のツールが耐性に欠けるのは問題だと思う。「FDISK /MBR」で復活させ、2GBだけ確保する。

やがて95が動き出すが、正常認識して当たり前のIDEとSoundBlaster16が動いてない。前者は手動、後者はドライバ削除後の再認識で動き出す。純正部品に限りなく近い環境でこんなことがあっていいのだろうか?残りのLANカードは、割込番号変更後自動検出で動き出したが、外部との転送用途もなく結局使ってない。

GATEWAYの方は、昨日ユーザグループ番号の変更をしたために随所に影響が出る。ユーザで入るとファイルの変更が拒否されたりして、かなり最悪に近い状態。netscapeの情報も見事に吹き飛んだ。ある程度は直したものの、きりがないので途中でやめる。

計算機室でのマシン移動を行った。EWS2台を取り外し、足立氏用のパソコンを設置。EWSのディスプレイを使おうと思ったが、GATEWAYに接続すると色ズレが激しく、また画面の揺れも収まらなかったので諦める。結局ビデオカードが原因らしいということで、また壁がひとつできたという感触だった。研究室のエアコンが使用不能になった以上、この部屋を快適にすることは今後の活動に大きな影響を及ぼすのは必至。そのためには少しずつこの部屋を住み易くしていかなければ。


1998.7.15

GATEWAYの次の課題、印刷に取りかかる。でもどうしても動かない。教えてもらったりしてdaemonも起動し一見正常に動くがプリンタは無反応。スプーラに大量に溜まってしまう。でもEWSから印刷するとすぐに出てきた。なぜ??

パソコン工房から、内蔵スピーカを購入してセカンドマシンに装着する。しかしTurboLinuxに音関連のソフトを入れてない。そういえばサウンドボードの発音確認さえできていない。で使ったのは、何を血迷ったかNT。CD-ROMブートで最初は良かったが、ファイルコピーの途中で終了。どうやらちゃんとした管理領域がないと正常に認識されないらしい。


1998.7.14

結局昨日の環境を直すくらいならと、GatewayのTurboLinuxを再インストール。同様のトラブルにも見舞われるが、何とか克服する。リブートに必ず失敗するという症状はktermとqrmの組合わせが原因らしい。途中また不安定になる。どうやら何か他の環境を大きく壊すソフトがあるらしい。Wnn6も入れたが、聞いた話ではソレ用のツールを使わないとWnn4相当の機能しか働かないらしい。でも「貴社の記者は汽車で帰社した」とか「東京特許許可局」とかも正確に変換できたし、何よりUNIX用としては最高級の効率なので、十分満足が得られそう。


1998.7.13

GatewayにTurboLinuxをインストール。一旦は安定したものの、ぽろぽろ設定変更しているうちに外界に接続できなくなり、起動さえおぼつかなくなる。結局インストール回数2回。

パソコン工房にてHDDとFDDを購入する。FDDは無難にミツミ製。HDDは速いが奇音を発するという噂のQuantum-FireballEL。2.5GB=¥19800、5.1GB=¥26800で、容量と差額に負けて後者を購入してしまうが、Linuxのみに5GBは明らかに過剰容量と直後気付く。先行投資と思えばいいが、懐は火の車。

帰宅後それらをセカンドマシンに早速組み込む。ミニタワーなので固定に少々手こずるが、無事終了。TurboLinuxで初めてATのCD-ROMブートを体験。こんなに快適とは思わなかった。(何せ以前は初期TOWNSだったもので……)

それ以降のインストールもサクサク進む。HDDが速いおかげで、GATEWAYよりもはるかに快適。動作音も購入直後にしてはちょっとうるさいかもしれないけど、普通レベルといえる。


1998.7.12

研究室に行ったら、EWSの電源がほとんど落とされていた。GATEWAYの電源も一度落とされたようで、ネットワーク設定が見事に吹っ飛んでいた。停電はもっと先の話のはず。部屋全体が何だか散らかっている。一体見ない間に何があったのだろう?

セカンドマシンの組立てにかかる。半組立てなので、比較的スムーズに進む。ハードディスクはノートで使っていたものを流用するが、変換コネクタの差す向きを忘れて試行錯誤する。結局別の問題だったけど、様々な組み合わせで逆差しをしてしまった。よく壊れなかったものだと思う。

でもFDDが無く、IDEケーブルも足りないので、何もできない。HDDに元から入っていた環境はMS-DOS。Windows3.1は不機嫌で起動しない。DOSをいじっても面白くないので、明日いろいろ買ってこなければ。


1998.7.10

秋葉原にふらっと出かける。あまり変わってない。いろいろ安売りしてたけど、目的を持たずに行っても買うものがなかなかない。さすがアキバ、歩くだけで一方的に情報が入る。いろんな人がいたけど、あそこで誰かに偶然バッタリ出会う、ってのはちょっと避けたいかも。

ラジ館あたりで、3ボタンマウスとマシン用ステッカ数枚を購入。アキバデパート前で実演販売を見て、パズル1つ購入。

大阪日本橋が商店街色なのに対し、秋葉原は怪しいものが寄ってきたとでもいおうか。値段は大阪に負けるものの、歩いたときの感触はこちらの方が多かった感じがする。


1998.7.4

ちょっぴり研究室へ立ち寄る。GATEWAYが放置されてる。月曜に作業開始予定。

とりあえず次期セカンドマシンをゲット。Pentium 166MHz(本来133MHz)、64MBと基本性能はまずまず……って、今はバラ売りされて跡形もない初代ATマシンと同じ様な環境。イーサネットカードはISA用が余ってるからいいとして、とにかくHDDとFDDを付けなければタダの箱に過ぎない。金はあまりない。ディスプレイも根本的に足りない。何やら貧乏生活突入の兆しが。

依頼もの含めて、焼きものがざっと4枚。二晩仕上げなのでさほど苦痛ではないものの、上記マシンの件もあるので、これで休日返上になりそう。


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