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はじめに

近年,情報抽出に関する研究が行われている. 情報抽出の利点として, ブログや掲示板などの定型化されていないものを データとして収集できるため, 分析できるデータの範囲が大幅に拡大することなどがある.

また,言語表現から書き手や登場人物の情緒を推定し, 情報を抽出する技術に期待が寄せられている. たとえば,ブログや掲示板などに蓄積されたテキストデータから情緒を推定することで, 商品や社会事情に対する大衆の気持ちを知るといったことが挙げられる [1],[2],[3]. そのためには,文章の用言や格要素などから情緒を明示する表現や, 情緒の生じる原因を表す表現などを検出し, 解析する必要がある.

情報抽出の一つである評判分析は, 肯定的な書き込みと否定的な書き込みを分類することにより, 人々の生の声を知ることができる. しかし,情緒が非明示である場合を考慮していないという問題がある.

情緒推定手法の中でも, 「情緒生起の原因に着目した推定手法」について, 関連研究を以下に述べる. まず,目良らは深層格フレームと好感度計算式で, 入力文から情緒を推定する手法を提案した[4]. 問題点は,あらゆる語において好感度を用意する必要があること, および,人物や物事の省略や照応の解析が必須であることである. 次に,徳久らはWebから感情生起要因となる文を獲得し, 機械学習を用いて感情を推定する手法を提案した[5]. しかし,マイニングへの応用を考えたときの問題点は, 情緒主や情緒対象が直接得ることができないため, 推定の元となる文がどのような情緒を持つかという単なる識別問題に留まることである.

これらの問題点から,言葉の意味を追跡する方法で情緒を推定する必要がある. たとえば,推定の元となる文から,情緒主を得ることができた場合, その情緒主が含まれる文を抜き出すことで, 情緒主がどのような行動傾向を持ち,どのような物事に対し, 情緒を発生する傾向があるかを知ることができる.

一方,田中らと吾郷らは,日本語語彙大系[6]の結合価パターンに, 「情緒属性」として,「判断条件,情緒原因,情緒名,情緒主,および,情緒対象」を追加し, 情緒推定用結合価パターン辞書を作成することで, パターンベースの情緒推定の手法を示した[7],[8]. 情緒推定の方法は,以下の3つである. (1)本辞書の全てのパターンと入力文を照合する. (2)意味属性制約を充足する場合,マッチしたパターンに付与されている「判断条件」$C$, および「情緒属性(情緒原因・情緒名・情緒主・情緒対象)」$E$を得る. これで, $C \rightarrow E$という命題を得たことになる. なお,$C$$E$は元々は命題関数であり, そこに用いられる変数$N1,N2$などには入力文の該当部分が代入されている. (3)判断条件$C$の真偽を判定する. 真の場合は,情緒生起の原因が成立するといえるので,情緒名などの$E$を出力する. 偽の場合は,《なし》を出力する(情緒の出力を抑制する).

ここで,判断条件が成立すると仮定することで,用言の語義に基づく情緒推定が可能であり, 目良らの手法ほど格要素に依存することなく情緒推定が可能である. しかし,判断条件を常に成立すると仮定すると, 過剰に情緒が推定される問題が発生した. そこで,滝川らは,辞書を改良して, 判断条件においての二者の関係の方向性である「接近」と「乖離」の関係を扱えるようにした[9]. 問題点は,対称な情緒属性をもたないため, 十分には状況の対称性が考慮されていないことである. 対称な情緒属性をもたないことは, 「接近」と「乖離」のどちらも必要な用言(結合価パターン)が存在するが, そのうち,一方の判断条件しか付与されていないこと, もう一方の判断条件に基づく情緒名が付与されていないことを指す.

そこで,本研究では,情緒原因ごとに対称な情報属性の必要性の調査を行う. 調査の結果,必要性の高い情緒原因を持つ用言(結合価パターン)に対し, 対称な情緒属性の追加を行う. そして,この拡張の妥当性を確認するために, 本情緒推定手法の実装を行い, 判断条件が理想的に運用できる状況での情緒推定の性能を,実験により評価する.

本論文の構成は以下の通りである. 第2章では,言語の意味理解と課題について述べる. 第3章では,対称な情緒属性の必要性を調査する. 第4章では,対称な情緒属性の必要性の調査結果から, 必要性の高い情緒原因を持つ用言(結合価パターン)に対し, 対称な情緒属性を追加することにより,パターン辞書の拡張を行う. 第5章では,本情緒推定手法の実装を行う. 第6章では,本辞書が理想的に使用された場合の情緒推定実験を行う. 第7章では,本研究の考察を行う. 最後に,第8章でまとめを述べる.



平成25年2月12日