ももたろう
しょ〜と・しょ〜と第1弾。果たして鬼ヶ島にたどり着くのはいつの日か……
昔々、或るところに、お爺さんとお婆さんが住んでおりました。お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行くという生活を続けていました。そんな二人にも大きな悩みがありました。子供や孫がいないことでした。
ある日、お婆さんがいつものように川で洗濯していた時のこと。川の上から、大きな桃が「どんぶらこ、どんぶらこ」という奇妙な音を立てながら流れて来ました。
「はて、なんじゃろな。」
お婆さんはしっかりと観察し、ただの桃ではないらしいことを突き止めました。そして、川の中から抱え上げ、洗濯物の下に隠し、持ち帰ることにしました。
帰る途中、見かけない山伏が何やら茂みをつついているのが目に止まりました。
「見かけないお顔じゃな。一体何をお探しで?」
「う、うむ。この辺で桃のような球体を見かけてはおらぬか?」
お婆さんはすぐ背負ってるものだと判りましたが、つい長年培ったドケチ根性を出してしまいました。
「はて、そのようなものがこの辺にあると?」
「大切なものなのだ。ところでお主、その背中の荷物は何だ?」
ドキッとしながらも、
「これは洗濯物じゃよ。うちのお爺さんはほんまよう汗をかくでの、何回も着替えなさるのじゃ。」
「そうかそれは失礼致した。もしこれ位の球体を見かけたら、教えて欲しい。そうだこれを授けよう。問題の球体を見たら、これに向かって私を呼ぶがいい。」
と、お婆さんに虹色に光る小さな石を渡しました。それは都にも無かったような、本当に美しい輝きでした。
おばあさんは言葉少なげに山伏と別れると、一目散に家へと戻りました。すでにお爺さんが帰り、囲炉裏に座っていました。
「爺さんや、見てくれや。この石と桃を」
「はて婆さん、どこでそれを手に入れたのじゃ?」
お婆さんは、事の経緯を話して聞かせました。お爺さんは少し考え込んで言いました。
「するとお婆さん、この桃には何か秘密があるとな」
「そうなんですよ。でも何のことだかさっぱり」
「ワシたちには関係ないことだ。とりあえず実を食べる位は問題なかろうて」
「そうですねぇ。新鮮な桃なんて何十年ぶりでしょうねえ」
お婆さんが土間からなたを持ってきました。そして桃に突き立てましたが、なかなか刃が進みません。
「どれお婆さん、かしてみなさい。はああぁっ!」
お爺さんが力をふり絞った瞬間、桃がまぶしく輝き始めました。あまりの閃光に、二人とも目を覆うほかありませんでした。
おそるおそる桃の方を見ると、桃は真っ二つに割れて、種の部分は空洞になっていました。実の部分はまだ少し黄金色に輝き続けています。そしてその上に、小さな男の子が立っていました。
「ぼくは、モ=モーから生まれたモ=モー・タリシン・ロスシアンヌ21世だ!」
それを見てお爺さんは冷静に言いました。
「ほう、桃から生まれた『ももたろう』とな」
「違う!『モ=モー・タリシン・ロスシアンヌ21世』である」
「だから『ももたろう』であろう。まあよいではないか。こちらの方が呼びやすいしのう」
「そんな童話のような名前で呼ぶな!…と、まあよい。追っ手から逃げているところなのだ。手伝って欲しい」
「余程の事情がおありのようじゃな。だがわしの報酬は高いぞえ。ほぇほぇ」
「何でも用意するから頼む。今はとにかく時間がない。この飛行船はお主たちが壊し、外は奴らに囲まれている」
「それ位わかっておるとも。お婆さんや、久々の仕事じゃよ」
「はいはいお爺さん。非常食の用意でもしてきましょうかねえ」
「確かにこの家にあるんだな」
「はい。ψ波長の光が目撃されてますし、偵察石No.329も存在を報告しています」
「ならば行動は一つ。強行突破」
山伏が数珠を取り出し頭上に掲げました。すると数十の兵士が辺りの茂みから一斉に飛び出し、穴という穴から家屋へ突っ込んでいきました。
兵士が障子を突き破ると同時に、飛び出す影がありました。素早い動きで遠ざかっていくそれは、明らかに人間の姿でした。
兵士が数体家から出て、山伏に報告した。
「抜け殻が残るのみです。逃げられました」
「何をしておるか。あいつを早く追わぬか!」
「ら、らじゃー!」
お爺さんが、お婆さんを背負い、ももたろうを頭上に乗せて山を下っていきます。
「じいさん、やるな」
「昔は『かまいたちの哲』と呼ばれ、関ヶ原の戦では最前線で活躍したんじゃ。これ位どうってことないわい」
「お爺さんたら、芝刈りとは名ばかり、いつも体を鍛えているんですよ。ほっほっほ」
「これお婆さん、知っとったのか。まあそういうことじゃが、報酬は大丈夫じゃろうな」
「もちろん。奴らを撃退できたら、何でも望みをかなえてやろうぞ」
「いいじゃろう。とりあえず今は不利じゃ。都に隠れて時を待つとしよう」
山伏らを楽々振り切り、都へとやってきました。お爺さんとお婆さんは町民の姿に着替えました。
「ももちゃんや、あんたはちょっと目立ちおるんで、ここに隠れとんなさい」
「『ももちゃん』はやめろ。それに婆ァの胸元なんてイヤじゃ」
「じゃあお爺さんの胸がええかえ?」
「その荷物に入れてくれ。人形になりすましていてやる」
「はいよ」
お婆さんは桃太郎を風呂敷の上に置きました。そして町民にまぎれて、市場の雑踏に入り込みました。
「お婆さんや、見てみ」
お爺さんが指さす先には、先ほど降りてきた山がありました。そしてその中腹から、一本の煙が上がっていました。
「わしらは帰る家を失ったようじゃな。どうやらこの子は、とんでもない事件に関わっているようじゃのう」
「見たところ、ただの小さな子どもなのにねぇ」
「あっ!」
風呂敷の中から大きな驚き声が上がりました。さすがにお婆さんもびっくりして、人気のないところへ隠れました。
「これ桃太郎、人形ならそんな大声出しちゃいかんじゃろうて」
「だってよ婆さん、こんなの持ってたら、どこへ行ったって見つかるに決まってるだろ」
「これは綺麗だったからついねぇ。女の性(さが)ってもんじゃよ。ええじゃろう」
「だめだ。これは偵察石といって、あらゆる感覚と所在位置を持ち主へ伝える能力があるんだ。手放すんだ」
「こんなに綺麗なのにねぇ」
「しょうがないよお婆さん。質にでも出そう。今は逃げる方が先じゃよ」
「仕方ないねぇ」
二人(と一人)は再び市場の雑踏に戻り、質屋を探しました。少し外れに、老夫婦の営む小さな店がありました。早速見せて
「これを売りたいんじゃが、一両位にはならんかのう」
「うむ………これはすごい……これをどこで?」
「あの山で拾ったんじゃよ」
指さした先の山では、先ほどの煙は消えていました。
「古伝説の秘宝かもしれんな。よし、いいだろう」
お爺さんはその玉を渡し、一両を受け取りました。
質屋を後にして市場を出る頃、入れ違いに山伏の集団とすれ違いました。もちろん二人は変装し、桃太郎は荷物と化していたので、気づかれることもありませんでした。
後になって聞いた話では、あの質屋の夫婦の行方がわからなくなったということです。
市場を後にして、ある長屋に着きました。
「ほれ桃太郎、ここが新しい家じゃよ」
「なんだこのボロ馬小屋は。性に合わん」
「まあ我慢しなされ。ここは昔お爺さんが単身赴任していた頃から借りてるところじゃよ。この中なら安心じゃ」
「あれだけの脚力なら、こんな近くに家借りなくてもいいんじゃないのか」
「上の一軒家は、冬になると雪に埋もれてしまうでのう、冬はこっちに降りて来るんじゃ」
「なんか聞いたような話だが、これからどうするんだ?」
「落ち着いてから考えることにしようかのう」
「とりあえず大家さんに挨拶に行きましょうや、お爺さんや」
「ごめんください」
お婆さんが声をかけてしばらくして、奥から老紳士が出てきました。
「おお、若菜ちゃんか。久しぶりじゃのう。二回振った男にまた鞭打つつもりかな」
「やだねぇ恥ずかしいじゃないさあ」
桃太郎が硬直し、お爺さんが黙って見ているそばで、火照ったお婆さんと大家さんの会話が弾んでいました。その後事情も一通り話しました。
「とすると、この子が桃太郎様か。こんな所でよければいつまででも居てくださいな」
「ありがと。さあお爺さん、行きましょう」
「若菜ちゃんも、いい加減こんな危ない男と別れて、うちへ来ないか」
「ふふ、考えとくかね」
長屋の一番奥の一室に入りました。どうやら大家さんが日頃手入れをしていたようで、何もない部屋ながらも整っていました。一息入れているうちに夕方になり、食事を取っているうちに夜になりました。
「とりあえず当分はここにいれば大丈夫じゃろう。お婆さんと桃太郎はここを出ない方がいいじゃろう。わしは外の様子を見てくる」
そしてお爺さんは静かに出かけていきました。
そして三日が過ぎました。お婆さん、桃太郎、そして毎日押し掛けてくる大家さんの質素ながらも幸せな日々が続きました。
お爺さんはというと、毎朝町民に変装して出かけ、夕方お金と食料を持って帰る日々でした。それをどうしたのかと桃太郎が問うと、俊足を生かし、市場で町民の財布からお金を少しずつ頂いてきたとのことでした。お爺さんが言うには、少しだけお金が減っても、気づかないか届けないかのどちらかで済み、それこそ長続きのコツだということでした。
さらに四日が過ぎました。桃太郎はすっかり成長し、手縫いの袖を着けた姿は十歳の男の子にしか見えないほどでした。
夕食の時のことです。お爺さんが話し始めました。
「どうやら町の全ての出口は塞がれているということじゃ。何人もの山伏が立ちはだかり、どうしても通る人は体や荷物の隅々まで検閲されるんじゃ。ワシらがまだ町に居ることを知っているんじゃのう」
「困りましたねぇ、お爺さん。もう桃太郎は隠せないし、このままの生活も危険にになりますねぇ」
そこへ、桃太郎が割り込みました。
「いっそのこと、契約通り打ちのめしてくれよ」
「若いのう。だがのう、今突っ込めば数で負けるでのう。無理なんじゃよ」
「数が多ければいいのか。ならば呼べばいいのだな」
桃太郎は何か判らない呪文を唱え始めました。すると壁や天井が震え始めました。大きく広げた両手から黒いもやが昇り、天井付近で一つになり、渦巻き始めました。お爺さんもお婆さんも、じっと見守るほかありませんでした。
やがて一人の子どもがその煙の中から湧いて落ちてきました。床に落ちて痛がっています。お婆さんがかばってびっくり。なんとその子は桃太郎に瓜二つだったのです。桃太郎の呪文はまだ続き、次々と桃太郎そっくりの男子が降ってきました。
やがて、長屋中桃太郎だらけになってしまいました。すっかり賑やかになった頃、元祖桃太郎の呪文が止まりました。
「はぁはぁ……これだけ人数が居れば、何とかなるだろう」
お婆さんは疲れ切った表情で、
「桃ちゃんがいっぱい……団結力は完璧のようですねぇ」
お爺さんは冷静に、
「実は数えていたんじゃが、九十九人出てきとる。まさかと思うが、『百(もも)太郎』という落ちではなかろうな。それは別の話であろう」
【その2につづく】