2.3.2で検討の対象とした499語のうち一意に訳語が決定できなかった 224語を対象に、それぞれの訳語候補の違いを調べ、それをもとに 現在ある意味属性を修正、拡張することを考えた。その結果、語義識別 能力の向上につながりうる観点として以下のようなものが得られた。
< 単/復 >
単数か複数かで異なる訳語が登録されている名詞。
例)「さくら」
劇場の(その中の一人):claqueur[補佐]
劇場の(集合的に):claque[補佐]
< 一般/特定 >
一般的な総称と、その中の特定のものを指す表現のある名詞。
例)「校舎」
学校の建物:school building[家屋(本体)][学校]
特に小学校の:schoolhouse[家屋(本体)][学校]
< 全体/部分 >
あるものの全体と、その一部を指す表現のある名詞。
例)「顔」
首から上:head[顔][観]
顔面:face[顔面][観]
< 具体/抽象 >
具体物を指す場合と、抽象物を指す場合がある名詞。
例)「腕」
:arm[腕]
技術:skill[腕]
< 男/女 >
性別の違いによって表現が異なる名詞。
例)「牛」
(雄):bull[獣][男]
(雌):cow[獣][女]
< 人/獣 >
人間とそれ以外の生物で表現の異なる名詞。
例)「爪」
鳥や獣の:claw[獣][爪]
(人の):nail[人間][爪]
< 自然物/化工品 >
自然物を指す場合と、人の手が加えられたものを指す場合のある名詞。
例)「汁」
果物、野菜、肉などの:juice[汁][液体(その他)]
(吸い物):soup[汁][コーヒージュース]
< 英/米 >
イギリス英語とアメリカ英語で表現が異なる名詞。
例)「種」
桃など:pit[食品](米)
梅など:stone[食品](英)
< 口語/文語 >
話し言葉と書き言葉で異なる表現を持つ名詞。
例)「自転車」
口語的には:bike[乗り物(本体(移動(陸圏)))][スポーツ]
:bicycle[乗り物(本体(移動(陸圏)))][スポーツ]
これらの観点を各々独立した次元とし、本稿で用いた意味属性体系 を多次元シソーラスに拡張することを考えた。
<単/復>の場合を例に挙げると、「さくら」の訳語候補に 付与されている[補佐]という意味属性に「単数」「複数」という項目を 加え、''claqueur''の意味属性を[補佐、単数]、''claque''の意味属性を [補佐、複数]という2次元にすることで、2つの訳語候補の訳し分けを図った。
この方法を検討した結果、対象とした224語のうち一意に訳語が決定できる 名詞は30語であった。これは、複数の訳語候補を持つ見出し語全体の499語 から見ると6%の向上ではあるが、ここで挙げた観点の中には現在の意味属性 体系がすでに含んでいる観点が多く、意味属性体系や対訳辞書の再構築 などの手間を考えると、あまり有効な手段ではないと思われる。
この結果より、今回検討に用いた意味属性体系はシソーラスとして十分な 性能を持っており、意味属性体系のみでこれ以上の翻訳精度の飛躍的な 向上を望むことは難しいといえる。