田中らは,情緒推定へのアプローチの一つとして,「情緒生起の原因に着目した手法」に注目した. この手法は,結合価パターン辞書を構築することで,用言の語義から情緒の生起原因を明記した特徴(情緒原因)を解析し,情緒を推定する手法である[1]. さらに,吾郷らは,不足する情緒原因の特徴を補うために,本辞書に「判断条件」を追加した[2]. それに加えて,滝川らは,判断条件においての情緒主とある事物の間の「接近」と「乖離」の関係に着目し,辞書を改良した[3]. 本辞書は,日本語語彙大系[4]の結合価パターン14,819件に,判断条件を加えた情緒属性,11,712セットが追加され構成されている. 本辞書を用いた情緒推定の方法は,もし,入力文と結合価パターンがマッチし,意味属性制約を充足し,かつ,判断条件が成立するならば,対応する情緒属性として「情緒名」,「情緒主」,「情緒対象」を出力するというものである. しかし,判断条件「保留」と付与された,判断条件が不明確なパターン1,600件が残っている.
そこで本研究では,以下の3つを行う. (1)この不明確なパターン1,600件を再分析し,補修を行う. (2)補修した判断条件の正しさの評価を行う. (3)補修した判断条件を用いた情緒推定の性能を実験により評価する.
具体的に,(1)では,判断条件「保留」が付与されたレコード1,600件に対して,手作業で補修を行う. (2)では,(1)で補修した判断条件が付与されているレコードをランダムに200件抽出し,判断条件を再付与することで付与精度を調査する. (3)では,入力文27文を作成し,本辞書とマッチさせ,情緒推定を行う. 判断条件の成立は人手で判断し,情緒推定の結果,出力された情緒の妥当性を調べる. 人間が入力文を読み,付与した情緒と出力の一致数ならびに,出力された情緒に人間が同意できる件数(同意数)を調べることで性能を評価する.
以上の結果,(1)では,1,051件については,具体的な判断条件が付与できたが,「保留」の件数が549件であった. (2)では,以前付与した判断条件と,再付与した判断条件との一致率が85%となった. (3)では,判断条件不使用時の情緒推定結果の一致率が52%,ならびに同意率が65%だったのに対して,判断条件使用時の情緒推定結果の一致率が55%,ならびに同意率が71%となった. したがって,判断条件を使用する情緒推定が,推定精度向上に繋がることを確認した.
以上より,本研究では,判断条件が不明確なパターンに判断条件を補修した. また,判断条件を使用する情緒推定が,推定精度向上に繋がることを確認した.
今後の課題は,判断条件の付与精度の向上,本辞書の見直し,および,「保留(文脈依存)」の対策の開発である.