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概要

言語の意味理解の一つとして,言語表現から書き手や話者,登場人物の情緒を推 定する技術の実現が期待されている.これに対し,情緒推定へのアプローチの一つとして,「情緒生起の原因 に着目した手法」がある.この手法は,情緒属性付き結合価パターン辞書を 構築することで,用言の語義から情緒の生起原因(情緒原因)を 解析し,情緒を推定する手法である[1].ところが,この辞書では,格要素に描かれていない人物の情緒がカバーできない という問題がある.例えば,「$N1$が壊れる」では,人物が描かれていないの で,情緒推定を行えない. そこで本研究では,格要素の物や事象(オブジェクト)に関わる者を情緒主と想定 して情緒推定を行なう方法を提案するとともに,知識ベースの構成要素を示す.

本研究では,人物補完型の情緒推定という手法を模索する. この方法は,まず,文に描かれたオブジェクトに対し,「人物の存在」,および, 「人物から見たオブジェクトの価値」の仮説を立てる.次に,文に描かれた人物 の動作より,人物とオブジェクト,または,人物と人物の関係を推定する.こう して文から得た「人物,オブジェクト,価値,関係」に対し情緒生起原因の成立を検査し, 情緒推定を行なう.この手法の実現には知識ベースが重要である.これは語彙知 識と情緒推定の一般規則から成る.特に語彙知識は動詞の前後状態に注目して作 成する.両状態の記述要素として,スロットを設けて仮説を組み込んだものである.

この提案に対する具体的な対応として,まず,人物とオブジェクトの関係は,4種類 (producer,owner,user,family)を見い出し,とりわけ「owner」と「user」の2つ に注目した.次に, 日本語語彙大系の動詞144件について語彙知識 を作成した.情緒 推定一般規則については,先行研究の情緒原因に基づいて6件作成をした.

本知識ベースを運用した情緒推定システムを次の通り実装した.まず,「語彙解 析部」が,入力された文章の各文に語彙知識を適用し,仮説の情報を得る.複数 の文から得られた情報は文脈情報となるので,これを黒板モデルに基づくワーキ ングメモリに蓄積する.次に,「情緒推定部」が,情緒推定一般規則をワーキン グメモリに適用し,情緒推定を行う.以上を,RubyおよびPrologを用いて約500行 で実装した.

2〜5行で構成される文章10件について推定実験を行い,本システムの動作を確認 した.本研究で重要な語彙知識については,144件の作成を試行したところ,前 後状態でオブジェクトの価値変化が明確になる動詞については有効であることが 確認できた.

最後に,従来手法の設計思想と比較を行った.従来手法は1つの語彙知識に情緒 推定の一般規則に相当する情報を全て盛り込んでいる.人物補完型情緒推定の場 合,そのための情報を盛り込むと,1語彙知識につき百件オーダーのスロットを 要することが分かった.これに対し,本研究の設計では数件オーダーにまでコン パクトにすることができることが分かった.

以上により,人物補完型情緒推定の基本手順と知識ベースの設計を行うことがで きた.



平成22年2月11日